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【大切なもの】
人生、何をするにも犠牲を伴う今の厳しい世の中。毎年とどまることなく社会人として自立していく若い人達にとっては、こんなはずじゃなかった、なにか間違っているのではないかと、壁にぶち当たって疑心暗鬼になるのは避けようのないことかもしれない。
大学を卒業して2年半。本来だったら、恋愛に旅行に買い物にデートにと、一番充実した楽しい毎日を過ごしているはずの彼女は今日も薄暗いオフィスでただ一人、パソコンを打っている。時計の針は深夜1時をとっくに回っている。1時半までにはなんとか終わらせなきゃ――そう思った矢先、彼女のパソコンは暴走を始め、青い画面が出てきてしまった。
「ハア〜、これで今日も、3時帰宅か。」
パソコンを立ち上げなおす間、彼女は頭を抱えてしまった。疲れた。本当に疲れた。いつしか彼女の頭は、デスクに深くもたれ込んでいた。
ふと気が付いてみると、気持ちの良い雲の上のお花畑にいた。爽やかな風。すがすがしい太陽。辺り一面に広がる素敵な花の香り。
「やっぱり癒し系はこうでなくっちゃ。」
彼女の思考回路はまだ、仕事モードのままだ。
草の上で大の字に横たわって、ぐーっと手足をストレッチする。うんと気持ちがいい。と、何だか眠くなってきた。
うとうとしていると、小さな犬が1匹どこからともなく現れ、ちぎれんばかりに尻尾を振って駆け寄ってくる。
「パトラッシュじゃないの!」
草原の向こうから一目散に駆けてくるのは、数年前に事故で死んでしまった愛犬パトラッシュだ。ぺろぺろと顔を舐め回されて、彼女はもう嬉しくてたまらない。
そっと瞼を開けると、つぶらな瞳の子犬がじっと顔を覗き込んでいる。
「パトラッシュ!」
「何言ってるのよ、ジョンでしょ!」
目を凝らしてみると、どうしたわけか母親がパトラッシュの息子のジョンを抱えて隣の机に座っているのだった。
「お母さん?どうしてココに?」
「携帯に電話してもあんたは朦朧(もうろう)としてわけのわからないことを言うだけだし、マンションにもまだ帰ってないようだし、もう明け方でしょ?気になって会社まで来てみたのよ。」
社会人にもなって、母親に迎えに来てもらうなんて…。彼女は情けなく思ったが気丈なのは気持ちの上だけで、口元にはヨダレの跡がしっかりついてるわ頭はふらふらするわで身体はすっかり"ボロ雑巾"だ。ここはおとなしく言う通りにパソコンを切って、帰宅することにした。
タクシーに乗り込むと、彼女は子犬を抱いた。
「お母さん、私…。」
涙が突然、ぽたぽたとこぼれた。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。これだけ努力してきたのに。自分の幸せを犠牲にしてまで選んだ道、そう言い聞かせて、どんな辛い目に遭っても歯を食いしばってがんばってきたのに。それなのに今の私ったら…。
◆◇◆◇◆
大学生の頃、彼女には真面目に将来を考えた相手がいた。背の高いスポーツマンで、キサクな彼。互いに就職活動に明け暮れていた頃、彼はしきりに「僕たちも大人になったら、社会人としての役割を果たしていかなくちゃ」と言っていた。そんな彼が自分より倍も大人に見え、頼もしかった。
デートをしていて、いきなり「献血をしよう」と言い出したのは彼だ。学生のうちは時間が豊富にあるんだからボランティアぐらいしなきゃと、一緒に募金活動もした。そんな他人思いの彼は、それまで付き合った他の誰よりも彼女のことを深く理解してくれた。
だから、実家の事情のため彼が東京での就職を断念せざるをえなくなった時にも、自分との将来のことより彼女自身が一番やりたいと思うキャリアの方を優先するよう言ってくれたのも彼が先だった。本当は彼について行きたかった。でも結局、「これも運命なのかも」と、彼の帰省と同時に別れてしまった。
最高の彼との未来を犠牲にして入った会社には、相当期待していた。彼女なりに努力もした。きつい仕事も長時間勤務も、「新入社員ならこれぐらい当たり前。」と耐えた。上司から怒鳴られても「愛の鞭」と言い聞かせて。たまの休日や週末にさえ自分の時間がほとんど持てない。夏休みの予定も返上で拘束が続く。それでも無心で打ち込んだ。がんばれば、がんばりさえすれば、それだけで自分が前に進んでいるような気がしたのである。
当然、マンションには寝に帰るだけ。週末も寝て過ごす。デートの誘いも「今週は忙しいから来週に。」と繰り返すうち、いつしか「誘っても無駄な女」と思われてそれっきり、そんな仕事一筋人間になっていた。
こうして2年間がんばって、ふと気がついてみると同期の半分以上はもう退職している。上司だけは相変わらず朝から晩まで怒鳴りっ放しである。同僚と呑んでいると、ついつい会社への不平不満が爆発する。
「本来なら問題が起きる前に適切な指示があってもいいはず」、「もしかして別に自分達が問題なのではなくて上司の経営方法にこそ問題があるんじゃない?」疑問は尽きない。が、やがて飲み会がお開きになるとそんな疑問は押し込めてオフィスに戻り、またリポートを作成する毎日だった。
そんなある日のこと。彼女はクライアントに会いに秋葉原に出かけた。JR秋葉原の裏手を行くと、いつも、献血を呼びかける男性が立っている。
「今日はB型がまだ全然足りません。是非、献血をお願いしまーす!」
男性は来る人、行く人に呼びかける。彼女はミーティングに遅刻しないよう足早に小路を駆けた。
ところが、クライアントはトラブルのことで激怒しており、取り付くシマもない。ものの十五分も経たないうちに追い返されてしまった。もう、ため息しか出てこない。
とぼとぼと駅に向かっていると、またあの男性が献血のアピールをしている。
彼女は、腕時計を見た。次のミーティングまでにはまだニ時間以上ある。そして、思い出した。秋葉原の献血室は、彼女が彼に誘われて初めて献血をした場所だったのである。
あの日、ニ人でノートパソコンを買う予定のはずが、突然献血しようと彼が言い出して、半ば強引に彼女を引きずっていきニ人揃って献血したのである。終わると、「どうしてこんなことやんなくちゃならないのよー」とぶつぶつ言う彼女を連れて、じゃんがらラーメンで「全部入り」を食べて、その日は終わった。
でも、今から考えてみるとその日は、彼女が初めて本気で彼を好きになった日だった。
献血室に入ると、目の前に紺の背広に赤いネクタイを締めた背の高い男が立っていた。なんとなく、彼みたいだ。
男は、言った。「あの、骨髄バンクの登録のための採血にきたのですけど。」
すると担当の女性は、さっそく男に骨髄移植について説明し始めた。彼女も、聞くとはなしにボンヤリと耳を傾ける。
一通り説明が終わると女性は、「それでは、こちらで骨髄移植に関するビデオを観てもらって、その後から20CCの採血をします。」と言って、男を横の会議室に通した。
女性が会議室から出てくると、彼女は言った。
「あの、献血をしにきたのですけど。B型です。」
「あ、連れの方じゃなかったのですね、では、こちらへ。」
「骨髄バンクの登録って、献血と一緒にできるんですか?」
担当者は、彼女に親切丁寧に白血病と骨髄移植について説明した。
それによると、ひとの血液は骨の中にある骨髄液によって造られるが、白血病は何らかのきっかけでこのメカニズムが壊れてしまう病気を指すという。治癒のためには、骨髄液の造血幹細胞を総入れ替えしなくてはいけない。骨髄液は、生きた第三者のおしりの骨から、注射器を大きくしたような器具で採取する。もちろん全身麻酔が必要だ。移植を受ける患者の方には、骨髄液の造血幹細胞を全て消去するために苛酷な前処置を施すが、一旦この前処置をしてしまうと患者はドナーからの骨髄液を点滴しない限り死んでしまう。だから、患者がこの前処置段階に入って以降、ドナーが移植の合意を覆すことは決してできない。日本では毎月、六、七十名が骨髄移植手術を受けているのだが、それでもまだ骨髄パターンの不一致で移植ができず、亡くなっている人が大勢いる――。
移植ビデオを見終わって献血室に入ると、丁度、赤いネクタイの男が腕を抑えながら背広を着ているところだった。
彼は、なんで登録にきたのだろう。そう彼女は思ったが、自分が急に献血をしてドナー登録までした理由については不思議と疑問にすら思わなかった。
「実際に移植することになるとしたらいつぐらいですか?」
「そうね、マッチしなくてずっと機会がない人もあれば、登録してすぐ再テストに呼ばれる人もいれば、まちまちです。ケース・バイ・ケースですね。」
なので、彼女はそう期待していなかった。
ところが意外にも、登録して程なくコーディネーターから連絡がきたのである。そして何度もテストのために病院に足を運び、骨髄手術をする運びになった。
骨髄移植のドナーになるには、骨髄液が適合することはもちろん、手術は全身麻酔が伴うため、4、5日間の入院が必要だ。当然、家族の同意が要る。家族にこのことを話すと、母親は「どういう風の吹き回しかしら」と驚いた。家では一度たりともこのような話をしたことがなかったのである。白血病の患者のために手術を受けると言う娘に、母親は喜んで同意した。
父親は、移植は死んでから行うものと勘違いしていた。
「じゃー、どうやって人の骨を取り出して移植するんだ。」と言う父親に、「移植は骨の中の液体、つまり骨髄を吸い取って行うの。だから骨は抜き取らなくていいのよ。」と何度も説明するのだが、理解してもらうには深夜までかかってしまった。
親の無知には驚くべきものがあったが、考えてみたら自分だって骨の中で血液が造られていることなど、献血室で説明されるまで知らなかった。
手術も2週間後に控えると、健康管理が重要だ。彼女は念のため、禁酒することにした。ところが、会社の呑み会でお酒を断る時、「えー、なんで?」と訊く同僚についうっかり、「来週、骨髄のドナー手術をすることになったのよ。」と口を滑らせてしまったのである。
移植コーディネーターからは「会社は休まなければならないので、人事部には手術について了解を得ておいて下さい。ただし周りの人にはあまり言わないほうが良いですよ。」と忠告されていた。
そうは言っても人の命を救うためなのだから、みな快く支持してくれるものと、彼女は軽く考えていた。ところが、ドナー手術について口にした途端、
「なんで関係のないあんたが、そんな危ないことしなくちゃいけないのよ!」
「万が一ということもあるかもしれないから、やめちゃいなよ。」
「病気になった方が悪いんだから、しかたがないんだよ。」
と、反対にドナー提供を思いとどまるよう、皆、言うのである。
このリアクションに彼女は、愕然とした。
移植後、手術室から出て目が覚めると、母親の顔が見えた。担当医が横から覗き込んで、
「痛みは10のうちいくつぐらいですか?」と聞く。
「5ぐらいです。」
10は耐えがたい痛さで、1は痛みが無し。やはり、お尻の辺りが痛む。
「よくがんばったね。」
母親は心配そうに言う。
「骨髄液は?」と彼女が聞くと、
「もう、患者さんに向かってるよ。ありがとう。」
やさしく担当医が言ってくれた。
なんだか、泣けてきた。一生で、初めて誰かに感謝された。うれしかった。
結局、5日間入院した。最初は点滴がわずらわしく、腰が痛くて寝返りもままならなかったが、3日目になると退屈してしょうがなかった。いったい最後にこんなにぐうたらできたのは、いつだったっけ?来週会社に戻ったらみんなにちゃんと説明しなくちゃ、そう思った。
ところが月曜日出社すると、上司が開口一番こう怒鳴るのである。
「採用面接の時だったらボランティアとかは評価のポイントになるかもしれないけど、入社三年目の人間に一週間も勝手に休まれると会社は困るんだよな。ったく、一体なに考えてんだよ、こっちの迷惑も知らないで!」
彼女の心の中で何かがガラガラと崩れていった。もうこんな会社は辞めてやれと思った。しかし、だからと言って仕事一筋で生きてきた彼女には次に何をすれば良いのかさっぱり分からない。
そのうち仕事は前にも増して忙しくなり、自分では何も考えている暇も余裕もないまま、ただただ時間ばかりが過ぎ去り、彼女は埋もれていった。
◆◇◆◇◆
未明のオフィスで潰れているところを危うく母親に見つかったのは、ドナー手術を行って半年以上も経った頃のことだった。明くる朝、彼女は母親に付き添われてドナー手術の担当医を訪ねてみた。手術後の3週間検診で「もう大丈夫ですが、何かあったら来て下さい」と言われていたからだ。
診察後、医師は、
「ストレスです。体のバランスが完璧に崩れています。」
と言う。働きすぎに暴飲暴食が祟ったようだ。「とにかく、休養が必要です。」と厳しく注意されて帰った。
「大事じゃなくて良かったわ。パソコンの前でぐったりしているのを見た時は一瞬、過労死したんじゃないかと思って冷や汗かいたわよ。とにかく、あんたの元彼みたいに入院騒ぎとかならなくてよかった」と母親は言う。
「入院って?そんな話、聞いてないわよ!」
「えー?聞いてないって、あんた… 彼の方から電話なかったの?」
「全然。いつのことよ!」
すると、ちょうど2週間ほど前、彼女の実家に彼の方から突然電話がかかってきて、彼女の携帯の電話番号を伝えたばかりだというのである。いつもの、おしゃべりな母親は、彼の近況を根掘り葉掘り尋ね、大病を患って大変な目に遭った話まで聞き出した。「病名までは訊かなかったけど、なんでも一時は死にかけたって話じゃない?てっきりあなたにもそのことで電話したかったんだと思ったのよ」。
帰宅後、彼の実家に電話をしてみると、ほどなく彼が出た。久しぶりに聞くその声に昔の元気はない。別人かと思った。
「いやー、もう踏んだり蹴ったりでさ。こうして生きて君と話しているのは奇跡だよ。ほんと。」
彼は言う。
実家に戻って1年間、地元ではなかなか良い職が見つからず、彼はアルバイトで食い繋いでいた。が、ある日突然倒れて病院に運ばれた。血液検査をしてみると白血球の数値が異常で、すぐさま再検査となり、そうこうしている間にも高熱が出て入院。
精密検査の結果は急性骨髄性白血病だった。抗がん剤による化学療法を受けたが完治せず、いよいよ骨髄移植が必要となってしまった。白血病患者にとって骨髄移植は、生きる望みを繋ぐまさに最後のチャンスなのである。
担当医は骨髄バンクへコンタクトし、骨髄の型がマッチするドナーを探した。ところがドナー候補が2名も見つかったにも関わらず、いざ移植手術となると連絡はなかなか来ない。医師に訊いてみると、1名は「会社が忙しくて1週間もとてもじゃないけど休めない」とドナーの提供を辞退。さらに、3次検査までいったドナー候補は、どうしても親の同意が得られずに移植を断念してしまったのである。
新たなドナーが現れるのをすがる思いで待ちながら闘病生活を送っていると、やっと通知が入った。新規にバンク登録した人の型がぴったりマッチしたのだ。祈る思いで彼は、3次テストの好結果とドナー手術への合意を願いながら、苦しく不安な毎日を過ごしていた。
ようやく合意が得られて手術の前処置に入ったときには、彼の体力はもう極限に達していた。これ以上弱っていたら移植そのものが無理という、そんな死の一歩手前だった彼の身体に行なわれた強力な抗がん剤による前処置は苛烈を極め、全身の毛は抜け落ち、肌は赤茶けた色に変色した。
やっとのことで受けた移植手術の後は、極度の合併症のため無菌室で生死をさまよった。ここまでがんばったんだから、もう後には引けない。そう踏ん張り続け、とうとう退院に漕ぎつけたのは、移植手術から半年近くも経ってからだった。
やはり自宅はいい。退院して、ようやく自分の布団で安心して眠れるようになったある明け方、夢に彼女の愛犬が出てきた。目が覚めてからも妙にリアルな余韻が跡を引く。なんだか急に、彼女に電話してみたい気分に襲われた。
でも、彼女の携帯はなかなか繋がらない。何度もトライして諦めた。きっと忙しいんだと思って。
「パトラッシュ、元気かな?」
「パトラッシュは…。」
涙で言葉がつかえて、その後が続かない。
「わたし…わたしね…。」
どうしても、次が言えない。
なんとか気を取り直して、彼に言った。
「わたし、ちょっとお休み取れそうだから、そちらに行ってもいいかしら?」
《…大切なものは何ですか》
そう、遠くのラジオが唄っていた。
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白血病などの血液難病は、骨髄移植で治癒が可能な病気だ。骨髄移植を成功させるためには、骨髄提供ドナーと患者さんの白血球の型を一致させる必要があるが、兄弟姉妹でも4分の1の割合でしか適合しない。他人の場合、数百人から数万人に1人の確率である。骨髄には、血液の元ととなる、骨髄幹細胞(造血幹細胞)が含まれている。骨髄液は採取しやすいおしりの腸骨(骨盤骨)から採取する。この骨髄液を患者に点滴によって移植する。骨髄移植治療で患者さんを救うには、より多くのドナーの登録が必要である。骨髄バンクへのドナー登録は全国の指定献血センター、保健所などで行われている。10ccの採血のみで、約30分で終る。
詳しくは(財)骨髄移植推進財団のホームページへ。
http://www.jmdp.or.jp
2003年4月発表
あとがき
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